ファンタジー短編(非BL)





メアリーの部屋






 この部屋を出たら私の人生は役目を終えるの。
 メアリーは椅子で足先を揺らして考える。悲しいわけじゃない。悲しいという感情もメアリーはちゃんと知らないからだ。
 小さな丸いロボットがテーブルの上で首をかしげている。かわいいというのはわかるわ、この子のおかげで。メアリーの小さな教育係。このロボットがすべてを教えてくれる。
 メアリー自身はほとんど何も知らない。椅子とテーブル、お洋服、ごはんは栄養チューブ。何も知らないことに価値がある少女はロボットに笑いかける。
 すべてを本当の意味で知ったら、私は普通以下の女の子になっちゃうそうよ。そう研究室の先生が、ドア越しに言っているのを聞いた。何一つ自分でできないんだから、仕方ないって。ほんとにそうね、ロボットさん!
 あなたとお別れするのはなんとなく嫌だわ。少女はロボットを撫でた。お別れということが、そもそもよくわかっていないけれど、ぼくら二度と会えないねと言って泣く友情の物語はあなたが読み聞かせてくれた。聞いたとき、少し胸がきゅっとしたの、あれが悲しいって気持ちだったのかしら。ほんとの意味で知ったら、きっと目からきれいな雫が流れるのね。
 生まれてから十二年、初めて部屋のドアが開いた。無機質な声がロボットから上がった。
「これで私の任務は終わりです。さよなら、メアリー」
 カメラが観察する中、メアリーはゆっくりと椅子から立ち上がった。



ハッピーバースデー



「ハッピーバースデー」
 ケーキを部屋の真ん中に置き、ろうそくを灯す。雨の音が窓を叩く。ごうと風が吹いたのに合わせて、わたしは火を吹き消した。
 ろうそくの明かりを失って、小さな部屋は真っ暗になった。部屋の中にはわたししかいない。部屋の外には誰もいない。
 電気をつけようとスイッチをぱちんと押したが、部屋は明るくはならなかった。当然だった。わたしとわたしのためのバースデーケーキを残し、世界はさっき、まるごとなくなってしまった。悲しいは悲しいけれど、せっかくのケーキを食べなくては痛んでしまう。わたしだってあと数日しか生きられない。
 雷が光った。いちごが滅亡前と変わらない赤さで目に飛び込んで、また暗闇に沈んだ。家でいちばん上等な皿を用意して、わたしはゆっくりとケーキを切り分けた。



※虫注意(という注意書きが必要な存在について)



本文はこちら。虫注意。


猫のいない街



洋服を着た猫が二足歩行で通り過ぎていく。わたしの家族も、知人も、知らない人も、おとといぐらいからみんな猫になった。
素敵な世界!
今の東京は猫で満ち溢れている。機嫌が悪ければ理不尽に猫パンチを食らわせてくるし、呼びかけても無視することも多いけれど、今は猫だから気にもならない。かわいそうに、怯えてしまって。懐いてくれたらごはんをあげるのに!
ダメ、そんな風にわたしを罵っては。まるで人間に戻ってしまったみたい。さあ、満足したかわいい猫ちゃんに戻りましょうね、お母さん!



鳥かご






鳥かごの中でぼくは空を見つめている。
「ねえ、いつまでそこでそうしているつもり?」
ぼくに似た小鳥が笑った。
「その鳥かごからもうごはんは出てこないのに。扉は開いてるよ」
「そうかな? ぼくは待ってみるよ」
壊れた鳥かごの中で、ぼくは羽根にくちばしを突っ込んで眠る。ここは素敵だ。大きな手がやってきて、ごはんをエサ入れに補充してくれる夢を見る。
次の日は雨だった。鳥かごを包む屋根はもうなくて、雨だれがかごの中に降りこんでくる。ぼくは小屋のかたちをした小さな巣に潜ってやり過ごす。今日もごはんは来なかった。
三日目に外へ出た。あの小鳥が言っていた通りだった。夢ではおなかはいっぱいにならない。ちょうど外は晴れていた。鳥かごの中でばたつくためだけに使っていたせいか翼は弱くて、遠くまでは飛べないことに気づいた。
道端におりると、紫色をした桑の実が地面にたくさん落ちていた。なんておいしそうなんだろう。ぼくは喜んでそれをついばんだ。りんごみたいな味がしたらいいな。
桑の実は酸っぱくて、たいして甘くはなかった。それでもおなかが減りすぎていて、けっこうおいしかった。
満腹になると、ぼくは鳥かごに戻ろうとした。建物が崩れてしまって、鳥かごはもうなかった。しまった、外に出ちゃったせいだ。ぼくはひどく悲しい気持ちになって、がれきの山を後にした。
桑の木に止まって空を見上げる。太陽がゆっくりと傾いて、葉の間できらきらと光を撒き散らしていた。



狼男



”あの森には狼男がいるんだ。うそじゃないんだ。
俺は見たんだ――”

暗闇の中で俺は息をひそめる。満月が雲に隠れた瞬間、俺は牙を剥いた。
あわれなはぐれ羊! あとにはふわふわとした毛の塊しか残らなかった。
餌に夢中になっていて、誰かが来たことに気づかないでいた。
「誰だ」
真っ赤に染まった口のまま、俺は顔をあげた。
「……あ、あ」
羊を探しに来たのだろう。羊飼いの青年が腰を抜かしている。ああ、間抜けな奴。
「誰にも言うな」
俺はそいつをきつくにらんだ。今の姿がどうしようもなく恥ずかしいからだった。
「わ、ワイリー」
青年は青ざめた唇で、俺のかつての名前を呼んだ。
「けっして言うな」
うその代償は大きかった。
月明りに照らされ、身体に異変が生じたとき、俺は悟った。
これは俺の言葉を真実にするためなのだと。
俺は青年に背を向け、森へいそいだ。救いを求めるには、もう手遅れだ。



石工



胸にあてたノミがかんかんと心臓を削っていく。痛いな。ぼくはぎゅっと目を瞑り、自分に向かって槌をふるった。やがてぱか、と間抜けな音をして心臓の一部が剥がれた。
「これっぽっち?」
客は小さなかけらを手のひらに載せ、いぶかしんだ。
「そのお値段ですから」
「それにしても地味な色ね。小さすぎるし、わたしには似合わないわ」
「この身体からとれる素材としてはいちばんいいものです」
そのぶん削るのも痛い。
「ほかの部位ですともっとお安くなりますし、量もとれるんですが」
「やっぱりいらない。よそで買うわ。もっと売れてる店に来ればよかった」
「……ありがとうございました」
ぼくはつぶやいて、突き返されたかけらを見下ろした。からんからんとドアベルが鳴って、客が出て行ったことを知らせる。
ぼくはかけらをそっと商品棚に置いた。薄灰色の石がショーウィンドウごしに陽の光を浴びている。石自体は地味だが、透過した光が棚に浮かび上がるのは悪くなかった。こうしてただ置くのがいちばんましかもしれない。客の好みに合わせ、ごてごてと加工した隣の商品を見て、ぼくはため息をつく。それでもあんまり売れないんだよな。
今日はついてなかっただけ。客の呼び込みでもしてこよう。ぼくはドアを開け、人通りの少ない道に出た。



ヒトモドキ



「ヒトモドキがいたぞ!」
 雑踏の中から声が上がった。わたしはびくりと固まった。通りの向こうで悲鳴があがる。逃げたぞ、捕まえろ。怒号が飛び交っている。
 よかった、わたしのことではなかった。わたしは人々の流れに逆らって裏道へ逃げ込んだ。ヒトモドキとヒトは見た目で判別できない。違うのは食べ物だけ。
 家路へいそぐと、前にヒトが立ちはだかった。わたしを疑うような目で見ている、とわたしは思った。心臓が口から飛び出しそうだ。違う、違う。気を抜くとそんな言葉が零れそうで、わたしは唇を引き結ぶ。
「大丈夫、わたしもヒトモドキだ」
 男は優しく言った。
 わたしはもっと青ざめた。そのうしろに違うヒトが存在したからだ。
「ひ、ヒトモドキ!!」
 わたしは男を指さし、叫んだ。群衆が駆けてきて男を連行していく。わたしはわたしの救済者が連れて行かれるのを黙って見つめることしかできなかった。





洞穴






真っ暗な中から優しい声が聞こえる。
「ほら、こっちだよ」
ありがたい、とぼくは思った。何も見えなくて困っていたところだ。
「右へ曲がってまっすぐ、そうだ。正面に岩があるから、それに触れたらまた右」
ぼくは声に従って歩く。誰かに教えてもらえるってなんて素敵だろう! 暗闇でじっとしているのと同じぐらい、迷うのは恐ろしい。
「そうだ、そのまままっすぐ」
言われるままふらふら歩くと、何かぐちゃりとしたやわらかいものを踏んだ。生温かい息がぼくを頭から包んでいる。
「おいで、おいで」
優しい声がわんと響く。ここは洞穴なのだな、と響きでわかった。声は奥からする。今までよりずっと大きな声だ。
「おいで、ぼくのおなかの中へ!」
うれしいな、招待されるなんて生まれて初めてだ!
ぼくは大喜びで胃袋の方へ歩き出した。





マッチ



 暗闇の中で、わたしは火のついたマッチを手に持っている。
「そんなの、お前には危ないよ。持っていてあげよう」
 親が言った。
 同じぐらいの年代の子どもが、わたしよりも大きな火を手に通り過ぎていく。わたしは自分の小さな火が恥ずかしくなる。これすら持たせてもらえないなんて。
 いつの間にか親は消え、知らない大人が立っていた。
「ほら、もっと燃やさないと。怖がっちゃって、これだから子どもは」
 大人は嘲笑っている。
「大きな火が持てないのを大人のせいにするんじゃない。お前の心が未熟だからだ」
 わたしの火は頼りなく揺れて、危うく指先に触れかける。
 知らない大人が消えて、さっきの子どもが現れる。
「持ち方が悪い。ちゃんと風から守って。ああ、ダメだ。それもダメ、下手くそ。貸しな」
 教えてもらえるかと思ったのに、子どもは失望した様子でわたしの火に手を伸ばした。
 わたしは驚いて子どもに背を向けた。すると目の前にはひどくしわくちゃな老人がいた。
「大きくなくていい。小さいまま燃やし続けるんだ。手を震わせてはならない。恐れてはならない。恐れるなというのに、バカ者」
 老人の声がだんだん大きくなる。わたしは手の震えを止められなかった。
 なんで、なんで、なんで。私のやり方で火を持っちゃいけないのはなんで。
 わたしは勢いよくマッチを地面にたたきつけると、力いっぱい踏みにじった。何度も何度も踏みにじった。
 ああ、おなかがすいた。少しだけすっきりして、わたしは真っ暗な方へ歩き出した。





亡命






 海の向こうには光の国があるらしい。
 わたしは小さな舟を仕立てた。
 舟には木が生い茂っていて陽射しを優しく防いでくれる。わたしの猫が寝転ぶと舟のほとんどを占めてしまうが、やわらかな腹に埋もれて空を行くのは気持ちがいいだろう。
 星見の望遠鏡と盾はお守りのようなものだ。光の国には嵐がないそうだから。
 プロペラが回る。早く逃げなくては。
「ユダヤ人の手先……虐殺しなさい……役立たず……」
 闇の国から怒鳴り声がする。
 耳を貸してはいけない。そう思うのに舟はゆっくりと霞んでいく。
 だめ、消えないで。わたしを逃がして。
 わたしは猫を抱きしめ、小さくなっていた。


幽霊



 幽霊がわたしの向かいで机に頬杖をついている。
「おいしそう。わたしもうごはんは食べられないからうらやましいわ」
「一度食べてみたら」
 納豆をかき混ぜながらわたしは言った。
「床に落下するだけだからよしとく」
「納豆はきついね……」
 わたしがあのとき本当に自殺した世界線のわたしなのだという。わたしよりよほど勇敢な女だ。
「これさ、わたしが頭おかしくなってるだけだよね」
 わたしは納豆ごはんを咀嚼しながら言った。
「とうとう寂しさに耐えかねて幻影を見始めたか」
「別にそうだって誰もかまわないんだから、気にしなくていいんじゃない?」
 幽霊は楽しそうに言った。
「できたらわたしと違う見た目の幽霊がよかった」
 わたしはぼやいた。これでは鏡を見ているのと変わらない。
「そんなこと言ってるとほかの人のところに憑いちゃうわよ」
「それは迷惑だね」


かばん



 ごつごつとした岩肌が周りを囲んでいる。私は地下の洞窟へと潜っている。
 視線を上げるとさっきまで歩いていた道が見える。手すりがぼうっと照明に照らされている。
 ふと地面に目をやった。私は凍り付いた。私のかばんが落ちていた。
「重かったから落としたけど、かばんに入ってるから大丈夫でしょ」
 母の声が上から聴こえた。
「大丈夫なはずない! 落としたら壊れるに決まってるじゃない!」
 私は怒鳴って、大急ぎでその場を離れた。かばんを母に預けた自分を呪っていた。
 事務室に通してもらって、こわごわとかばんを開けた。
 私の心臓は無傷だった。からからと音を立てて歯車が回っている。
 安堵のあまり、私は声もなかった。けれども頭には母の勝ち誇った声が鳴り響いていた。
「こんな小さなことで騒いで。だから言ったじゃない。機械は高いところから落としたって壊れるわけないわよ」





「どうして世界を滅ぼしたんだ?」
 焦土にぽつりとたたずむ椅子に、少女は座っている。少女はすねた顔をして、靴を揺らした。
 少女の胸元で犬がうれしそうな顔をして、ばたばたとしっぽを振っている。
「だってこの子が死んじゃう世界なんて間違ってるもの。わたしをひとりぼっちにした世界とこの子なら、この子の方がずっといい子よ」
 病で死ぬはずだった犬はしきりに少女の顎を舐めている。
「みんな生まれ変わって幸せになるんでしょ? だから大丈夫よ」



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