バニーボーイは命令されたい 1





片思いの親友はサブ恐怖症。
サブがバレて関係崩壊、大学の先輩に騙されてバニーボーイに……?
どうなる、俺。



おっとり大柄美形ドム×目つきの悪い無気力サブ。キャバクラ風バニーバーが舞台の青春ドムサブユニバース。

おまけのバニーコスプレえっち(攻め視点)をつけてKindle同人誌を出しました




「ニール」

 俺は膝を折り、床に座り込む。客の向こうに鏡張りの壁がきらめいている。いらねえ。

「プレゼント」

 ズボンを履いたまま腿に手を添え、左右に脚を広げて見せる。鏡の中の俺も同じ格好をしている。局所を見せるコマンドだが、俺がやっても単なるヨガだ。

(きっつ……)

 黒いウサギ耳の飾り物。草食動物にあるまじき吊り目は死んだようにうつろだ。蝶ネクタイのついた首輪。わざとらしいボーイ姿。

 なにこれ。客観視してしまうと精神に来る。

「はいはい、グッドボーイ」

 おっさんがよそ見しながら適当に腹を撫でてくる。容姿のいいほかのキャストに目移りしているらしい。

(あー、蹴ってやりてぇー)

 たいしたドムでもないくせに。俺はますます死んだ目になった。

(『不細工。チェンジ』とか開口一番言ってくるクソ客に比べれば、まだマシだけど)

 この店に置いてもらっているだけでも感謝しなくてはならない身だ。

 それにこの客だって目当てはもちろん俺ではない。高い会費を出したのに売れっ子は全員忙しく、代打で来たのは凶悪な目つきのバニー。そう考えるとたいへん気の毒なおっさんだ。

 うしろでわっと歓声が上がる。シャンパンのコルクが抜ける軽い音。俺ではない誰かが今夜も桁違いに稼いでいる。俺に才能も魅力もない以上当然だが、落差は絶望的だ。

 このドムは拓馬(たくま)。俺が好きな奴。そんなわけあるか。

 似ても似つかぬ顔面から必死に目を反らしながら、俺はビールを注いだ。

1



「恥かいた……もうやだよ、幸晴(ゆきはる)」

 小津(おづ)拓馬は大きな図体を机に突っ伏している。

「授業終わったらサブに囲まれてて……逃げるしかなくて。絶対おかしかったよ、俺」

 サブを支配したいと願うドム。ドムに従属したいと願うサブ。どちらでもない普通の人がユージュアル。

 拓馬は世にも珍しい、サブ恐怖症のドムである。

「大学行きたくない……」 

 俺は呆れながらインスタントコーヒーを啜った。

「文学部なんか行くからだ。あそこはサブ多めだろ」

 甘いマスクのドムをそんなところに放り込んだら、支配されたいサブが釣れて釣れて仕方がないだろう。サブたちにはお気の毒だが、このドムは生餌ではなくルアーだ。食べられない。

「だって、ほか落ちちゃったから」

 高校時代の親友は情けない声を出した。たしかにこの男は理数系の科目がまったくダメだった。

「とにかくそれ、治した方がいいって。こうやって俺の家に入り浸っても、何も解決しねえから」

 俺は少しいらいらしていた。拓馬はこの世で唯一俺が心を許せる人間だが、サブ恐怖症の部分だけはどうしても嫌いだ。

「お前んちが避難所なんよ、亡命国みたいな」

「貧しい国家だな」

 俺は八畳間をちらりと見回し、自嘲した。

 駅に近く、エアコンがあるのに安い物件だった。世間知らずだった俺は飛びついた。そして安さには必ず理由があるという真理を、身をもって実感した。

 古くてカビだらけの部屋。壁は恐ろしく薄い。そして隣の人が毎晩奇声をあげる。

「お隣さん、まだ騒ぐの」

 拓馬は好物のココアを混ぜている。

「そりゃもう、勤勉にな」

「アル中?」

 俺は顔をしかめた。

「……噂だとサブドロップの成れの果てだってさ」

「ひえ」

 パートナーとなったドムに虐待されると、サブはサブドロップという精神不安症状に苦しめられる。隣人のげっそりとしたひげ面を思い出して、俺はため息をつく。あれは重症だ。話ができるかも怪しい。

 ふと顔をあげると、拓馬が唇を真っ白にして、ぷるぷるかたかた震えている。

「悪い、お前にする話じゃなかった」

 口が悪い俺でも、さすがに考えなしに喋ったことを後悔した。

 拓馬の母親も長年、サブドロップに苦しんできた。今でも薬で発作を抑えているそうだ。気の毒な母親からドムの恐ろしさを毎日刷り込まれて育ったこの男は、自分の性がドムだと判明してひどいショックを受けた。

 まずドムである自分を恐れた。そして自分をサディストにしてしまうすべてのサブに恐怖心を抱くようになった。

 他人を傷つけるのを恐れて遠ざける心理を、巷ではハリネズミのジレンマとかいうらしい。優しすぎるんだ、この男は。

「だ、だ、大丈夫、よくある話だし、平気、平気」

 そういうわりに、ココアのカップを包んでいる大きな手はがたがた揺れている。手の振動にあわせて紫っぽい水面がちゃぽちゃぽと波打った。こいつも重症だ。

「煽りとかじゃねえけど、そろそろほんとに医者行きなよ。日常生活に支障きたしてるじゃないか」

 親友としての思いやりとは別の魂胆が、俺の忠告には混ざっている。

「もう行ってる……」

「それでこれかよ」

「夜寝られてるから、薬まではいらんらしい。呼吸法とか習った」

「あー、ひっひっふーってやつだ」

「それはお産」

(絶対、言えねえな)

 内心ぼやきながら、俺は窓の外を見た。これ以上拓馬の顔を見ていたくなかった。ビルの間から、細長い人工的なかたちをした夕焼けが覗いている。

(まさか俺もサブだったなんて、さ)

 検査結果の紙に記されたSubの字が目に焼き付いている。

 こんなに年齢がかさんでからサブ性がわかるケースは珍しいらしい。てっきりユージュアルだと思っていたのに。

 ガラス窓に俺の顔が映っている。どこからどう見てもサブには見えない。みじんもやる気の見えない瞳。かわいい愛玩犬というより、寝ているところを叩き起こされてふてくされた猫に似ている。

(ま、こいつと友だち続けるには、この顔でよかった)

 ひとりで生きていく自信はある。が、こいつに嫌われた世界は今より暗いだろう。

 控え目に言って放任主義の親に育てられ、無事に無気力な偏屈男に育った俺は、当然友だちなんていなかった。暗くも気ままな高校生活を送っていた俺を、なぜか構ってきたのがこいつだった。

 最初は鬱陶しかったが、そのうち明るさに目が慣れた。そして前より暗がりが苦手になった。まったく、どうしてくれるんだ。

 大きくて肉厚なドムの手が視界の端にちらつく。俺はそっと喉を湿らせる。

 あの手で優しく首を絞められたら、気持ちいいだろうな。

(何を考えてるんだ、俺は)

 俺は馬鹿げた妄想を追い払った。友情どころじゃなくなるだろうが。

「ほら、さっさと帰った、帰った。ぐずぐずしてると、こわぁいお隣さんが叫びだすぞー」

 妄想がこれ以上具体的になる前に、こいつを帰してしまうことに決めた。

「俺の亡命先がぁ……」

「隣国はサブ」

 国王もサブ。俺の方は国家機密だが。

 拓馬はココアを飲み干すと、のろのろと立ち上がった。

「言わんでよ、幸晴の意地悪。なんで俺がドムなんだ。お前がドムならよかったんだよ」

 ほんとにな。

 がちゃんとドアを閉め、俺は情けないため息をつく。

『言わんでよ、幸晴の意地悪』

 今時、子どもの喧嘩でも使わないようなおっとりとした語句が、俺の背筋を舐める。あの声で命令されたらどんなにいいか。

(くそ……)

 俺は舌打ちして部屋に戻り、乱暴にジッパーを下げた。

 考えるのはどうしたって拓馬のことだ。

 たぶん好きだ。自分がサブだとわかる前から、親友に対する感情には不純物が混ざっていた気がする。サブ性が判明したとき、どこか納得している自分もいた。

 処理が無事に済むと、ぼんやりと動画を見た。

「努力の先に、夢がある!」

 流行曲のチルな余韻を切り裂くように男の声が鳴り響いた。

 むろん隣のサブではなく、塾の広告である。あのサブが突然そんなことを叫びだしたら怖い。

 アプリを強制終了して、ヘッドホンを布団に投げる。

「うるせー」

 文句を言いながら、俺も隣に身体を投げた。

 努力して変わることなんて、しょせんはその程度の問題だったということだ。努力したって俺のサブは治らないし、あいつのサブ恐怖症もたぶん治らない。あいつはもう少し努力してもいい気がするが。

 あきらめるのが最善の得策。なのにすべての理屈を無視して身体は反応する。それがサブ。クソじゃん。

「きああああ」

 隣のサブが騒ぎ始めた。ご丁寧に薄い壁を叩いて回っている。

 もうそんな時間か。俺はヘッドホンをもう一度頭にかぶって目を閉じた。やっぱりクソじゃん。

 世界はクソなまま、素知らぬ顔で太陽がぐるっと回って、次の夜。

「お前、もはや定期券が必要なレベルでここに来るな……」

 バイトから帰ってくると拓馬が外で待っていた。シフトを完璧に把握されている。最近緩いパーマをかけたせいで巨大なゴールデンレトリバーに似てきた男は、廊下で神妙な顔をしている。

「いらんと思う」

「真面目に答えるなよ」

 拓馬は当然のように中に入ってきた。勝手知ったる人のうち。

「っていうのは。あれから考えたんだけど。俺にとっての亡命先ってさ、この部屋じゃなくない? って」

「ほう。やっと現実が見えたか」

「部屋じゃなくて、お前じゃんって」

 食器棚から急須を出す手が一瞬止まる。

「……わあ、すごい口説き文句」

 少し考えたが、言ったところで別に俺の気持ちはバレねえだろ、と、思った通り口にした。

「だから幸晴、ここから引っ越そ? ね?」

 子犬みたいなきらきらした目で俺を見るな。大男のくせに。

「要するに、お隣さんが怖いからここに来たくはねえが、俺には会いたい、と」

「うん」

 力強く頷くな。

「……ダメ?」

「ダメ」

「なんで」

「めんどくさい。あと、ここ安い」

「俺んちならもっと安くない?」

 じょぼじょぼとポットから急須に湯を注いでいた俺は、ぽかんとした。

「え、引っ越そうって、お前んちに?」

「叫ぶサブさんが隣に住んでないんなら、どこでも」

 拓馬は真剣な顔をした。

 拓馬の恐怖症は筋金入りだ。痛む頭を押さえつつ座る。

「やだよ、お前んちも狭いし」

 サブが隠せなくなるだろ、馬鹿。とは言えない。

「じゃあ、大きいところに俺も引っ越す。部屋が決まったら言うから」

 卓袱台の向こうで、拓馬はスマートフォンで検索を始めた。

「待て待て早い」

「お前だって夜、寝られんって言ってたじゃん、騒音で。だからお前は引っ越すの。はい、決定」

「こら」

「幸晴」

 拓馬の目が一瞬、ぎゅんと光った。

 網膜に消えない残像を刻むような、太陽のように強すぎる光だった。圧力で空気がかっと熱くなる。

「あ……」

 拓馬の瞳だけを残して世界が遠ざかる。呆けたように口を開けて、俺は瞳に見惚れた。腰の下からかくんと力が抜けていく。座っていてよかった。立っていたら床にへたりこんでいたかもしれない。

(――グレア)

 光の意味を理解した瞬間、全身に血流が渦巻いた。

 命令されたい。従いたい。辱められたい。褒められたい。今までに拓馬に抱いていたほのかな感情を、うんと煮詰めてどろどろにしたような欲が身体を突き動かす。

「……わ、わかった」

 ほとんど発作のように、勝手に口から言葉が飛び出した。射精するのと同じぐらい不可避で、甘い快楽をともなう反応だった。

「ありがとう、幸晴」

 無意識だったんだろうか。ドムの力を使ったばかりなのに、拓馬はいつものように屈託なく笑っている。

 それを目にしたとき、つま先から頭のてっぺんへ向かって甘い鳥肌が走った。俺に命令をしたドムが喜んでいる。

 とろりととろけたサブからいつもの無気力男に戻るまで、数秒かかった。

「え……いや、ダメ、今のなし……」

 背中のあたりがぞわぞわと寒くなる。やべえ、やってしまった。同居なんてするわけにはいかないのに。

 ゴールデンレトリバーはにこにこしている。

「男に二言はないぞ」

 グレアを使った同意はカウントに入れてはいけないだろうが。

 そう思ったが、そこをつつけばなぜドムの力が俺に効いてしまったのか説明しなくてはならなくなる。ユージュアルはグレアに怯えることはあっても、ドムに無条件に従いたくはならない。

「あー、もー……」

 どうすりゃいいんだ、これ。

 ひとり頭を抱える横で、拓馬はさっそくスマートフォンをにらみ物件探しを始めている。

「これなんかどう?」

 ほい、と見せてきた画面には2DKの部屋が映っている。写真で見るかぎり中はきれいだ。わあ、壁も分厚そう。じゃなくて。

「えっと、いっしょに住むのはさ、考え直さない……? 引っ越すから。ちゃんと、ここから」

「俺のこと、嫌い?」

「そうじゃねえけどさ」

「絶対楽しいよ」

「知ってる……」

「俺飯作るのうまいよ」

「知ってる……」

「はい、決定」

「待って」

 画面をタップする指の雰囲気でわかる。あきらかに本気で申し込みをしている。

「お前、そんなに強引キャラだっけ……」

 命令口調すら普段は避けているのに。

 拓馬は画面から視線を上げ、考えている。

「たしかに。最近さぁ、お前といるときだけ、妙に自信が出んだよ。不思議」

 その謎は永遠に解けなくていい。俺のサブがバレる。

(どうすりゃいいんだよ。サブを隠しながら同居とか、無理すぎるだろ)

 途方に暮れているうちに拓馬は帰っていき、そのままずるずると時間が経った。

 あいつは俺の部屋に来るたび、勝手に俺の荷物を箱に詰めて持って行ってしまう。ああ、ゲーム機が。ああ、本が。

「今日は食器、持ってくね」

 拓馬は段ボールをかちゃかちゃと鳴らして意気揚々と出ていく。俺は引き止めもせず、ため息交じりに見送った。

 もともと物に執着する方でもない。あきらめて残ったものだけで暮らした。拓馬にはわからないだろうが、サブがドムに逆らうのは精神を消耗する。俺は疲れることは徹底的にしない主義だ。

 日に日にシンプルになっていく寒々しい室内に、夜ごと隣人の喚き声が空しく響いた。

 一か月も経つと俺の部屋は布団を残して空っぽになった。その布団も、今はくるくるとまとめられて拓馬の腕の中だ。

「ほら、めんどくさいことは全部やった。あとはお前が身一つで来るだけ」

「何その行動力……」

 いつもは優柔不断なくせに、たまにこいつは頑固になる。

「ほら、来いって」

 うしろからぐいぐいと腕を引っ張ってくる。そのさまは何かに似ていた。ああ、あれだ。

 散歩中に言うことを聞かなくなった犬と、その飼い主だ。

(いや、犬はこいつだろ)

 引っ張られ、身体がずるずると床の上を滑って行く。なんたる怪力。

 そのまま玄関にたどり着く。

「もう、往生際が悪いな」

 ひょいと天井が近くなる。

「え」

 脇に感じる不快な痛み。不安定な足元。ばたついたのに床がない。

「幸晴、軽いなぁ。ちゃんと食ってる?」

 まるでコメ袋のように、拓馬は俺を肩に担いでいた。高い。これが身長一八〇センチの世界。

「お、おろせ」

「面倒がって食事、適当にしてたでしょ。いっぱい飯、食わしてあげるから」

 布団を脇に抱え、俺を担いで、拓馬は外に出てしまった。

「大家さん、終わりました」

 ドアの外で大家の会田さんが待っている。退去の手続きはしておいたと拓馬は言っていたが、本当だったようだ。あれ、法律的にいいんだっけ。

「掃除はした? 傷とかつけてないだろうね?」

 けちの婆さんは曲がった腰で部屋に入っていく。元借主がぶらぶらと担がれている異常事態に目もくれない。

「はあ、大丈夫だと思いますが」

 俺は肩の上から間抜けに答えた。

「このカビは?」

 中で大家が天井を指さしている。

「もとからです」

「この床の剥がれは」

「もとからです」

「悪いけど敷金は返せないね」

 婆さんは部屋から出てきて、首を横に振った。

 あの、馬鹿にしてます? の「あ」を口にする前に、拓馬は俺を地面に下ろした。

「幸晴が、もとからの傷だと言ってるでしょう。そういうのよくないですよ」

 小柄な老人をぬっと見下ろし、拓馬は言った。

 横で見ていた俺は息を飲んだ。

 喧嘩要員なら俺だと思っていたのに、まさかのまさかだ。あのおっとりした拓馬が怒りで目を光らせている。冷たい視線は魂の底まで震えあがるようだ。

 喉がからからに乾いていく。唾もうまく飲み込めない。

「まったく、若いドム連中はみんなそうだ。あたしたち一般人を脅かして……」

 婆さんはぶつぶつと文句を言った。

「大家さん」

 拓馬は静かに言った。婆さんは顔をしかめた。

「半分。それ以上は負からないよ」

「幸晴、それでいい?」

 俺は頭をぐらぐらさせながら、やっと頷いた。グレアにあてられてしまって何も考えられない。

「うん……」

「返金はいつごろ?」

「ひと月後……わかってる、ちゃんと払うから、もういいにしてよ」

 怯える大家に、拓馬は鍵を手渡した。

「行こ」

「あ、うん」

 俺はぼうっと答えて拓馬の後を追った。足に感覚がない。身体の奥が熱くて仕方ない。

(ドムに……拓馬に守られた)

 ユージュアルだったころの俺なら、余計なお世話だ、ドムづらすんな、と拓馬の頭を軽くはたいていた。だが今は黙ってうしろを歩くことしかできない。こんな安心感に包まれたのは生まれて初めてだった。

 大きな背中から目が離せない。

 何段か階段を降りるうちに、ようやく呼吸の仕方を思い出してくる。

「お前……」

 グレアを使ったのは、わざとか。そう尋ねるつもりだった。だが振り向いた拓馬は、いつもの犬みたいな顔をしている。

「ん?」

 その顔で答えはわかった。力が漏れたのは間違いなく無意識だ。

「……なんでもない」

 俺は俯いた。

 力を使ったことを知ったら、きっと拓馬は傷つく。それはとても……面倒だ。

 拓馬は何も知らず、布団を片手に苦笑した。

「まだ引っ越したくないとか言うの、なしね。あんなとこ出てって正解だって」

 俺は長いため息をついた。こいつにサブがバレるよりは、あの隣人の奇声に毎晩お付き合いしていた方がはるかにましだった。今考えると、親と離れて暮らせるようになっただけでも、あの部屋はたしかにオアシスだった。

「で、どこよ。新しいお前んち」

「赤羽」

 拓馬はにこにこと街の名前を口にした。俺は呻いた。

「おい、大学から遠くなってんじゃん。お前だけ便利になってどうすんだよ」

「あ……ごめん……どうしよ、また探さんと」

 優しい男は本気でおろおろし始めた。面倒なやつ。俺はまた長いため息をついた。

「……通えない距離じゃねえけどな」

 そうフォローしてやると露骨にほっとした顔をする。

 到着した部屋は改装してあるのか、写真の通りきれいだった。拓馬が電気をつけると、蛍光色のLED電球がまぶしく灯った。

 またこんな明るいところに連れてきやがって。俺は内心でぼやく。いつもこいつはそうだ。俺の人生なんて暗くて当たり前だったのに、慣れちゃったらどうするんだ。

「いいでしょ」

 自慢そうに広げた拓馬の手の先に、一か月かけて移住させられた俺の家財道具が雑然と隅に積まれている。先に暮らしていたはずの拓馬の荷物もまだ半分しか出ていない。

「お片づけは俺担当だったんですね」

「あ」

 拓馬はぽかんと口を開いた。こいつの善意はたまに中途半端だ。

「あー、いいんだ、やるから。お前は料理でもしてて」

 拓馬を悲しませる流れが面倒で、俺は段ボールを開け始めた。

 必要そうな最低限だけ出して、あとは段ボールごとクローゼットにげしげしと蹴りこむ。見た目がまともならいいだろ。

「ありがとー、きれいになった。こっちも飯、できたよ」

 大雑把な男は無邪気に喜んでいる。

 盆の上には揚げたての唐揚げがてんこ盛りになっていた。力士か。

「作りすぎ」

「あまったら冷凍すればいいから」

 俺は黙って冷凍室の引き出しに手をかけた。何かが詰まっていて開かない。ふん、と力づくで開けると案の定、真っ白に霜のついたおかずが雑然と、天井ぎりぎりに放り込まれている。

 俺は白い目で親友を見た。

「ははは……」

 戦いは苦しかったが、俺たちは勝った。机の上には空っぽの大皿が残った。はちきれそうな腹をさすって、椅子の背もたれにもたれる。

「よし。いっぱい食べさせたぞ」

 拓馬は満足げだ。

「張り切りすぎだよ」

「おいしかった?」

「まあ」

「幸晴」

 子煩悩な母親が叱るみたいに、拓馬は俺を呼んだ。

「はいはい、ごちそうさま」

 大きな手が電灯の下に伸びて、影を落とした。その手は俺の髪を掻き乱して離れた。

「よく言えました」

 ドムの瞳が優しく俺を見つめている。低くて温かい声が包み込む。俺は馬鹿みたいに口を開けて拓馬に見惚れた。触れられたところから耳、喉、そして下腹部へ、熱がじわじわと広がっていく。

 まずい。俺は慌てて立ち上がった。

「お前、それ、わかって……!」

 拓馬はきょとんとした表情をして俺を見上げている。

「どした?」

「……なんでもねえ」

 赤らんだ顔をごまかすように台所に向かうと、山積みの皿や調理器具が俺を待ち構えていた。

 あ、やっぱりお片付け担当は俺なんですね。げんなりしながら、俺は黙ってスポンジに大量の洗剤を出した。上等だ、覚悟しろ、皿。

 終わると対戦ゲームをして、交代で風呂に入り、それぞれの部屋に引き上げていく。俺は和室をもらった。

「おやすみ」

「ん」

 ドアを閉めると今までにない静寂が俺を包んだ。

(悪くねぇな)

 サブの悲鳴も、べろべろに酔った親の怒声も聞こえない部屋だなんて。俺はごろりと布団に横たわり、天井を眺めてにやついた。もうヘッドホンのノイズキャンセル効果に頼ることもない。耳が自由だ。すうと息を吸ったとたん、俺は深い眠りに引きずり込まれた。

 拓馬がいる生活に慣れ始めたある日、事件は起きた。

「お帰り」

 玄関で俺を迎えた拓馬は、右の頬にガーゼを当てていた。

 紫に腫れた肌が白い布切れの下から覗いている。こんなアシンメトリーな顔になっても、美形は美形のままなのだから腹が立つ。

「それ、誰にやられた」

 俺はぶっきらぼうに聞いた。

 殴りに行ってやる、と思ったが、残念ながら今の俺はサブだった。相手がドムなら無理、サブかユージュアルならなんとか。なんとも情けない身体になったものだ。

「聞いてよ」

 ダイニングキッチンへ戻りながら、拓馬は深刻な顔になる。

「駅でおじいちゃんにぶつかって転ばせたのに、謝らん奴がおって。嫌な奴だなーって思ってたら、無意識にグレアが漏れてたっぽくて」

 ずいぶん特別なことのように思っているようだが、大家のときも当たり前に漏れていた。言ってやるべきだろうか。

「それでそのぶつかったドムに『喧嘩売ってんのか』って絡まれちゃって」

「で、殴られたわけか……」

 不良なら一般的な反応だ。 

「あれだ。犬に咬まれたようなもんだ、忘れろ」

 親友の仕返しに行くのが不可能だとわかったので、仕方なしに慰めた。

「殴られたのはもういいんよ」

「は?」

 話が急に見えなくなった。

「いきなり殴ることないじゃんって、思わずにらんじゃったんだ。そしたらそのドム、倒れちゃって」

「はい?」

「頭打ってるといかんから、一応救急車呼んで」

 救急車送りにしたのかよ。俺は顔をひきつらせた。

 ドムの強さはグレアの威力で決まる。こんな性格をしているから、拓馬はてっきり弱いドムなのだと思っていた。

(もしかして……こいつが本気出したら、俺なんて)

 息がうまくできない。全身が強いドムの支配を求めて切なく疼く。ダメだ、こんなの。

「やっちゃった。ちゃんとコントロールできるようにせんと……今回は柄の悪いドムだったからいいけど、もしサブに使ったら」

 大男はぶるっと身震いした。もうすでに使ってるんだが。俺に。

「まあ、マナー違反だな」

 俺はやっとそう言った。

「それで済む話じゃなくない? サブは抵抗できないんだぞ」

 拓馬は床に座り込み、弱々しく言った。

「相手が拓馬なら普通は大歓迎だろ。高校時代ファンクラブ持ちだったの、忘れたか」

「あれは冗談でしょ」

「そこそこ本気だったみてえだぞ」

 表向きはサブの女子を中心にきゃあきゃあ騒いでふざけていただけだったが、裏では拓馬とふたりきりにならないよう、互いに本気で牽制しあっていたとも聞く。おかげで図らずも高校時代の拓馬はサブたちから守られていた。

「責任とりたければちゃんと契約して、パートナーになるしかねえよ」

 拓馬の心配を笑い飛ばしてやりたいのか、それとも俺を拓馬のパートナーにしてほしい下心があるのか、自分でもわからなくなる。

「万が一のときはね」

「……」

 自分で話題を向けたくせに、拓馬の答えで背中が一瞬冷たくなった。

 こいつがよそでサブのパートナーを見つけたら、俺はまた暗がりに戻されるわけだ。

「でも、できたらそんな事態は避けたいよな」

 何も知らないで、拓馬は情けない声を出している。

 その夜、俺は初めてうしろに指を入れた。そうしないといられなかった。

「ん、う……」

 しっかりと戸を閉め、枕に口を押し付けて声を吸わせた。はたしてこの壁は信用できるんだろうか。夜ごと騒いで防音効果の薄さを立証してくれるサブの隣人もいないし、拓馬は部屋では物静かに過ごすので、よくわからない。

 うしろに手を回すのは死ぬほど情けなかったが、壁の向こうに拓馬がいると思うと興奮した。俺の親友。強いドム。

 ――そのうち誰かに取られる男。

(くそ……)

 胸の痛みをごまかすように指を動かす。

 俺があいつのもので、これがお仕置きだったなら。そう思うと勝手に手が動く。サブだから仕方ないが、まさしく変態だ。

『よく言えました』

 ほんの冗談で言っただけの拓馬の褒め言葉が、頭の中で繰り返し繰り返し響いた。優しい声、大きな手、俺より太い首、軽く漏れただけでも俺を無力にしてしまうグレアの光。

「ん……っ!」

 前を触ると、焦げるような快感と甘い虚脱感が俺を満たした。息をついて枕に頬を転がし、我に返る。やべえ、一緒に住んでるのに、俺は何を。

 あわてて息をひそめた。声で拓馬を起こしてしまっていたら終わりだ。しばらく待ったが、壁の向こうは静まり返っている。俺は少しほっとして、のろのろとティッシュの箱に手を伸ばした。



 次の日は朝からだるかった。コーヒーを飲もうと台所に入った俺は思わず立ち止まった。部屋は空っぽだった。

 おはよーと俺を迎える、あの呑気な声がない。コンロの前で俺を振り返る大男の姿がない。

 焦燥感が肌をぴりぴりさせた。昨夜のあれを聞かれてしまったんだろうか。サブだとバレて、逃げられたんだろうか――

 ふと見ると、机の上に書置きがあった。

『朝練あるの忘れてた。飯は用意してあるから食べて』

 おっとりとした拓馬の筆跡を目にしたおかげで、少し呼吸が落ち着いた。なんだ、考えすぎか。

 書き置きの隣には伏せたお椀、そして炊飯器がどんと置いてある。おかずの皿を見ると、こんがりと焼いたランチョンミートの上に、たっぷりのマヨネーズが格子模様を描いている。いや、太るだろ。

 いつもの朝なら食べる気になったかもしれないが、朝は調子がよくなかった。一口食べただけで胸焼けがして、すぐに皿を冷蔵庫に入れた。

 午前の授業が終わっても食欲が湧かなかった。拓馬の作った朝食が重かったせいにして廊下のベンチで休んでいたが、そのうちどうしようもない不安感が込み上げてきた。寒くて仕方がない。胸のあたりが詰まる。

(たく、ま)

 そばにいてほしい。無意識にそう願いながら震える身体を抱き、固く目を瞑る。自分を情けなく思う余裕もない。

「おーい、しっかりして」

 そのとき、拓馬の声とは似ても似つかない、高めの声がした。

 ゆさゆさと肩を揺すられて、俺は目を回した。が、おかげで眠ってしまうことはなかった。

 ようやく目の焦点が合うと、細面の男が俺を覗き込んでいるのが見えた。鶴のように細い首には英字の飾りがついたチョーカーが巻き付いていた。典型的なサブだ。

「具合悪そう。君、一年生だね。もしかしてサブ?」

 俺は不承不承頷いた。

「じゃあサブドロップかもしれない」

 パートナーもいないのに、なるものなのか。サブ歴の短い俺にはわからない。とにかく具合が悪い。

「薬、ある?」

 頭がぐらぐらしたが、なんとか首を横に振った。

「市販薬でよければこれ、飲んで。即効性あるよ」

 男はポケットから手際よく薬を出して俺の手に握らせた。

「……ありがとうございます」

 ありがたく飲み下すと、男はにっこり笑った。

「私は三年生の滝本(たきもと)。本大学で全サブ連の支部長をしています。お話聞くよ」

 少しすると息が落ち着いてくる。

「全サブ連……? なんですか、そのうさんくさいの」

 差し出された名刺を受け取り、俺は訊いた。

「うさんくさいなんてとんでもない」

 名刺には『全国サブ共助連合』の正式名称と丸いトレードマークが刷られている。

「弱い立場にあるサブが協力して社会改革を目指す機関だよ。結成して五十年になる歴史ある組合で、政治的な影響力もある」

 男は淀みなく言った。ますますうさんくさい気がするのはなぜだろう。

「えっと、金なら、ないです」

「困ったサブを助けるのが私たちの努め。お金は任意でかまわない」

 ひえ。厄介な男につかまってしまった。洗脳されたらどうしよう。しかしまだ動けそうにない。

「サブドロップはパートナーからの愛情不足で起きる病気だ。首輪もないし、ひどいドムに何かされたんだね」

「いや、えっと、パートナーではないし、ひどくはない……」

「どうして? 現に君はサブドロップしているよ?」

 詰め寄られて返答に困る。うまい言い訳も思いつかないまま、同居人のサブ恐怖症のことを話した。

「つまり君は、パートナーではないドムと同居していて、常にその影響を受けてしまうんだね。それなら君が精神不安になっても不思議じゃない。君、ほかにパートナーを持つ気は?」

 考えたこともなかった。

「……ないです」

 拓馬以外の人間に心を許す自分が想像できなかった。殴られっぱなしだった俺が初めて親を殴り返したとき、拓馬だけは俺を否定しなかった。

「そのドムと契約することは?」

「ないです。……たぶん」

 希望を捨てきれないでいる自分が情けない。

「それなら、その家は出た方がいいよ。そのドムだってそのうち……ね、わかるでしょ」

 そのうち、ほかのサブと契約する。残酷な真実の言葉を飲んで、男は微笑んだ。

 俺はふんと暗く鼻を鳴らした。薬は効いてきているはずなのに胸の奥が痛い。

 ああ、俺はやっぱり明るい場所にはいられないわけだ。

「なんて説明するんです。俺はサブなんでお前といっしょにいられません、ごめんなさい?」

「嫌なの?」

「高校時代からの信頼関係がめちゃくちゃになりますね」

 滝本は外国人のように肩をすくめた。

「なら、適当に言い訳すればいいよ」

「……出て行ったとして、俺はどこに行けばいいんですか」

「寮のある仕事のあっせんもするよ。お金がないって言ってたし、そうしたら? パートナーを作る気がないなら、もしかしたらドムに接客する仕事がいいかもしれないね、体調のために」

 流れるように滝本はスマートフォンを取り出した。

「仕事を探しておくから、連絡先を教えて」

 その夕方、俺は布団に転がって、スマホの画面に浮かんだメッセージを眺めた。

『寮つきのお仕事です。全サブ連の支部長OBが店主ですので、条件は巷の求人よりいいはずです。ぜひご一考を』

 仕事内容はドムへの接客とあるが、それ以上の詳細はなく、時給がやけに多い。あまりに怪しい。

 ためしに検索エンジンで検索してみると、サジェストに『全サブ連 怪しい』『全サブ連 勧誘 しつこい』『全サブ連 宗教』などが並ぶ。

 俺は連絡先を渡したことを後悔した。

(でも寮つきでこの給料は悪くねぇんだよな……)

 最低時給ぎりぎりのコンビニバイトと比較して、思わず俺はうーんと唸った。これなら奨学金を早く返せる。

 大学に進学するのは家庭環境からいってかなりの冒険だった。そもそも高校だって、なんの書類も出してこない親を見かね、中学の担任が進路相談で強めに交渉してくれて、なんとか通えたのだ。世間の親が大学受験で目を吊り上げている間、俺の親はアルコールの世界に浸かったきりだった。ときおり思い出したように俺を怒鳴りつける以外は、俺の存在すら忘れているようだった。

 親のせいで俺の将来が潰されるのは癪だ。とはいえ、俺の学力では行けても二流大学だろうとわかっていたし、借金をしてまで進学する意味があるのかはわからなかった。

『大学どこ行く? 理系科目無理だから、俺、幸晴が行きそうなとこ全部だめそう』

 拓馬は俺が大学に行くと信じきっていた。俺だけ働きに出るなんて考えもしていないようだった。拓馬の家庭は俺の家とはまた違って荒れていたが、金の心配だけはなかった。高校を卒業しても変わらずいっしょに過ごす前提で呑気に話している親友に、『大学行かねえかも』とは最後まで言い出せなかった。俺が進学を決めたのは、拓馬が悲しむ姿を見たくなかったからだったのかもしれない。

「ただいま……」

 見上げると、引き戸の向こうに拓馬の姿があった。いつもより遅く帰ってきたドムは薬局の袋を手に持っていた。

「カウンセラーさんのとこ、行ってきた。グレア漏れのこと相談しに」

 心なしか元気がない。

「どうだって?」

 俺は身体を起こして胡坐をかいた。拓馬はなぜか和室に入らないで、ダイニングから話しかけてくる。

「ドム性が亢進してるって。一応薬を出してもらって……安定させるには、パートナー作んのがいちばん手っ取り早いって言われたよ。無理だけどね?」

「あー……やっぱそう」

 俺は足元を見つめた。

「たとえばさ、もし俺がサブでも無理?」

「え……」

 見上げると、親友は凍り付いていた。見開いた目が小さく揺れている。失敗したのだとすぐにわかった。

「や、冗談だけど」

 ぼそりと言い訳すると、拓馬はあいまいに笑った。

「な、なんだ、びっくりした……でも……」

 どくりと心臓が高鳴って俺は顔を上げた。

 ここで逆接の『でも』。期待するなという方が無理だった。

「お前がサブなら余計、無理かもしれん……大事な親友、だから」

 拓馬は蚊の鳴くような声で言った。

 膨らんでいた俺の望みはぱんとはじけた。粉々になった破片が胸をめった刺しにした。

 ああ、なんだ、そうか。やっぱり俺はパートナーにしてもらえないか。

「はは、俺、思ってたよりお前に嫌われてたんだ」

 スプラッター映画にでも出てきそうなぼろぼろの心臓をして、俺は暗く言った。

「違うよ、大事だからだよ……! お前だと加減できそうになくて、それで」

 俺は言い訳を遮るように立ち上がり、引き戸の方に向かった。

「俺、出ていくよ。ちょうどバイトの話があって。寮があるところで、お前がどう言うかなって思ってたけど」

「え」

 拓馬は顔を曇らせている。

「早くパートナーを探して、ここでいっしょに暮らせ。それがお前のためだ」

 ぎぎぎ。自然な微笑みを作ろうとして頬の筋肉が全力で悲鳴をあげる。人生でいちばんへたくそな笑顔だったと思う。

「幸晴……」

「じゃ、そういうことで。採用が決まったらまた言うな」

 青ざめた拓馬の顔を視界から追い出したくて引き戸を閉める。

 これで終わりだ。ゆらゆら揺れる拓馬の瞳が隠れていく――

 ばん。身の竦むような音を立てて、隙間に手が生えた。

「えっ」

「ダメ、そんなの」

 戸を無理やりこじ開けて拓馬が入ってくる。

「お前をここから出すもんか」

 拓馬の瞳がぎらりと光っている。塵一つ残さず焼き尽くすような、怒りのグレアだった。

 ドムを怒らせた。氷より冷たい感触が肌を覆っていく。歯ががちがちと鳴る。

「あ、あ……」

 なにこれ、怖い。こんなの拓馬じゃない。

 瞳をくぎ付けにされたまま、俺はその場で膝から崩れ落ちた。

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