友達アルファが匂い立つまで
俺がアルファだとその身体に思い知らせたい
軽いが優しいアルファ×彼の匂いがわからない元匂いフェチメガネくん。ただの友だちから恋に変わっていくお話です。
『塩味アルファが甘くなるまで』の脇役スピンオフ。単独でもお読みいただけます。
Kindle同人誌にしました。
軽いが優しいアルファ×彼の匂いがわからない元匂いフェチメガネくん。ただの友だちから恋に変わっていくお話です。
『塩味アルファが甘くなるまで』の脇役スピンオフ。単独でもお読みいただけます。
Kindle同人誌にしました。
一
ぼくが人見知りだからいけないんだ。自己嫌悪を身体から追い出すように、夕焼けを吸い込んでため息に変える。
もう二年生の秋だが、まだチュウヤは自分が異物だと感じてしまう。七割がアルファ、二割がベータの大学で、オメガの生徒は残りの一割にすぎない。全寮制のオメガ校出身でほかの性とどう話していいかわからないまま、時間ばかりが過ぎた。
ふとチュウヤが顔をあげると高校時代からの友人が鉄扉の向こうに見えた。あ、ミチルだ。暗く沈んでいた心が少し浮きたった。チュウヤは手を振ろうとして、その手を宙で止めた。
「ユキトー! お待たせ、帰ろ」
オメガの同級生は恋人に抱きついている。
「遅いっての」
アルファはオメガの頭をくしゃくしゃと撫でると、大切そうに引き寄せて歩き出した。ユキトさんはたしかもう、就職が決まったんだっけ。ミチルが卒業したら結婚する約束なのだと聞いた。
チュウヤは曖昧な微笑みを浮かべてふたりの背中を見送ると、校舎に引き返した。邪魔しちゃ悪いや。図書館にでも行って、少し勉強しようかな。
いい友だち、いい将来。それさえあれば充分だと気づいて、失恋を乗り越えたつもりだった。事実、もう深山ユキトを見て胸が痛むことはなくなっていた。ハンカチの匂いだけで恋するなんて、昔のぼくはどうかしていたとチュウヤは思う。
けれども、ミチルのうしろ姿を見送るばかりになったのは少し寂しい。仲睦まじい恋人たちの話に水を差したくなくて、ミチルがユキトといっしょのときは遠慮してしまう。ちゃんと会話ができるのは同じ授業をとったときぐらい。チュウヤは自然とひとりぼっちになっていた。
もうぼくにはあまり残ってないな。メガネの青年は図書館の椅子に座って、専門書とノートを開く。閉館まであと三十分ある。さいわい勉強することだけはたくさんあった。
本を棚に片づけて、図書館を後にする。校門をくぐったとき、たむろしていたアルファの学生がこちらを指さして、あっと声をあげた。同級生だがほとんど話したことがない人だ。なんの用だろう。
「いたじゃん、オメガ!」
「あの人有名なガリ勉でしょ、乗ってくれるかな」
「もう時間ないじゃん。ダメもと、ダメもと」
小声でのやりとりのあと、数人のアルファがわらわらと寄ってきて、チュウヤはぎょっとした。
「おほん、あの、ですね」
「急に敬語」
知らないアルファ女性が大笑いしている。チュウヤは困惑している。
「今夜、元治大学の人たちと交流会あるんですけど、どうですか」
「えっ」
「いや、えっと、交流会ってのは名目で実質合コンで……急遽オメガの子が来れなくなっちゃって、数的に困ってるんですよね」
「そこは正直に言わんでええやん」
チュウヤは困惑している。
「奢るんで。いや、ダメだったら、いいんですけど」
チュウヤが黙っているので、アルファは気まずそうに付け加えた。隣のアルファが噴き出した。
「えっと、困ってるんでしたら、行ってもいいです」
チュウヤはおずおずと言った。こんな機会でもないと飲み会にはほとんど誘われない。アルファは不意を突かれた顔をした。
「え? あ、そう。ありがとうございます、です」
「なんなのそのノリ」
「だって、なんかやりづらいじゃん」
アルファたちはけらけら笑って小突きあっている。本気にしないで断った方がよかったのかな、とチュウヤは気まずく赤面した。
「あ、じゃあ行くってことで。向こうの主催にも連絡しちゃいますね」
スマートフォンを取り出し、アルファは言った。
「はあ」
アルファたちの集団から少し離れてあとをついていく。思春期を過ぎたせいか今はもう、大学に立ち込めるアルファの匂いにも慣れ切ってしまって、大して身体は反応しない。恋愛に縁がなかったことに、少し寂しくなるだけだ。
(オメガの友だち、できるといいな)
いちばんぼくに足りていないのは話し相手だ、とチュウヤは切なくなる。もう恋に期待してはいない。せめてガリ勉とか、メガネキャラとか、そんな浅くて表面的な型にぼくを押し込めない友だちがほしい。
ぼくの横恋慕を知り、エゴと醜さを目の当たりにしても、ミチルは変わらず友だちでいてくれた。孤独を感じるのは、身の丈に合わない理想の友人を一度でも手にした経験との落差だろうか。その友人が恋した相手を、一度でもほしがってしまったことへのバチが当たったんだろうか。
考えているうちに居酒屋の前についた。お酒自体ほとんど呑んだことがないけど、大丈夫かな。慣れない雰囲気に、チュウヤはここにきて怖気づく。
「お、来た来た」
店の前にはすでに知らないアルファやオメガが何人か集まっている。元治大学の人たちだろう。数が足りないと言われていた通りオメガの甘い匂いは少なく、圧倒的にアルファの匂いばかりだった。オメガとおぼしき男女はアルファたちに取り囲まれており、チュウヤには目もくれない。オメガの友だちが作れる雰囲気ではなさそうだ、とチュウヤは落胆した。
店に入り、見よう見まねで乾杯する。予想通り、チュウヤはほとんど誰にも話しかけられることはなかった。会話に参加できていないのを気遣われたのか、酒ばかり勧められる。注いでもらった酒を、チュウヤは礼儀正しい微笑みを浮かべてしずかに飲み干した。慣れない酒はすぐにチュウヤをぼうっとさせた。あれ、ぼくってお酒、強かったっけ。こんなに呑んで大丈夫だったっけ。
「あれ、木下さん潰れてる?」
深い水の底に沈んだまま、上空の音を聞いているように声が遠い。
「おーい。ダメだ、起きない」
「おかしいな、そんなに呑ませてないのに。おい、誰か木下さんち知ってるか?」
「知らない」
「……えっ、まずくない?」
チュウヤの意識はそこで水底に沈み切った。
もう二年生の秋だが、まだチュウヤは自分が異物だと感じてしまう。七割がアルファ、二割がベータの大学で、オメガの生徒は残りの一割にすぎない。全寮制のオメガ校出身でほかの性とどう話していいかわからないまま、時間ばかりが過ぎた。
ふとチュウヤが顔をあげると高校時代からの友人が鉄扉の向こうに見えた。あ、ミチルだ。暗く沈んでいた心が少し浮きたった。チュウヤは手を振ろうとして、その手を宙で止めた。
「ユキトー! お待たせ、帰ろ」
オメガの同級生は恋人に抱きついている。
「遅いっての」
アルファはオメガの頭をくしゃくしゃと撫でると、大切そうに引き寄せて歩き出した。ユキトさんはたしかもう、就職が決まったんだっけ。ミチルが卒業したら結婚する約束なのだと聞いた。
チュウヤは曖昧な微笑みを浮かべてふたりの背中を見送ると、校舎に引き返した。邪魔しちゃ悪いや。図書館にでも行って、少し勉強しようかな。
いい友だち、いい将来。それさえあれば充分だと気づいて、失恋を乗り越えたつもりだった。事実、もう深山ユキトを見て胸が痛むことはなくなっていた。ハンカチの匂いだけで恋するなんて、昔のぼくはどうかしていたとチュウヤは思う。
けれども、ミチルのうしろ姿を見送るばかりになったのは少し寂しい。仲睦まじい恋人たちの話に水を差したくなくて、ミチルがユキトといっしょのときは遠慮してしまう。ちゃんと会話ができるのは同じ授業をとったときぐらい。チュウヤは自然とひとりぼっちになっていた。
もうぼくにはあまり残ってないな。メガネの青年は図書館の椅子に座って、専門書とノートを開く。閉館まであと三十分ある。さいわい勉強することだけはたくさんあった。
本を棚に片づけて、図書館を後にする。校門をくぐったとき、たむろしていたアルファの学生がこちらを指さして、あっと声をあげた。同級生だがほとんど話したことがない人だ。なんの用だろう。
「いたじゃん、オメガ!」
「あの人有名なガリ勉でしょ、乗ってくれるかな」
「もう時間ないじゃん。ダメもと、ダメもと」
小声でのやりとりのあと、数人のアルファがわらわらと寄ってきて、チュウヤはぎょっとした。
「おほん、あの、ですね」
「急に敬語」
知らないアルファ女性が大笑いしている。チュウヤは困惑している。
「今夜、元治大学の人たちと交流会あるんですけど、どうですか」
「えっ」
「いや、えっと、交流会ってのは名目で実質合コンで……急遽オメガの子が来れなくなっちゃって、数的に困ってるんですよね」
「そこは正直に言わんでええやん」
チュウヤは困惑している。
「奢るんで。いや、ダメだったら、いいんですけど」
チュウヤが黙っているので、アルファは気まずそうに付け加えた。隣のアルファが噴き出した。
「えっと、困ってるんでしたら、行ってもいいです」
チュウヤはおずおずと言った。こんな機会でもないと飲み会にはほとんど誘われない。アルファは不意を突かれた顔をした。
「え? あ、そう。ありがとうございます、です」
「なんなのそのノリ」
「だって、なんかやりづらいじゃん」
アルファたちはけらけら笑って小突きあっている。本気にしないで断った方がよかったのかな、とチュウヤは気まずく赤面した。
「あ、じゃあ行くってことで。向こうの主催にも連絡しちゃいますね」
スマートフォンを取り出し、アルファは言った。
「はあ」
アルファたちの集団から少し離れてあとをついていく。思春期を過ぎたせいか今はもう、大学に立ち込めるアルファの匂いにも慣れ切ってしまって、大して身体は反応しない。恋愛に縁がなかったことに、少し寂しくなるだけだ。
(オメガの友だち、できるといいな)
いちばんぼくに足りていないのは話し相手だ、とチュウヤは切なくなる。もう恋に期待してはいない。せめてガリ勉とか、メガネキャラとか、そんな浅くて表面的な型にぼくを押し込めない友だちがほしい。
ぼくの横恋慕を知り、エゴと醜さを目の当たりにしても、ミチルは変わらず友だちでいてくれた。孤独を感じるのは、身の丈に合わない理想の友人を一度でも手にした経験との落差だろうか。その友人が恋した相手を、一度でもほしがってしまったことへのバチが当たったんだろうか。
考えているうちに居酒屋の前についた。お酒自体ほとんど呑んだことがないけど、大丈夫かな。慣れない雰囲気に、チュウヤはここにきて怖気づく。
「お、来た来た」
店の前にはすでに知らないアルファやオメガが何人か集まっている。元治大学の人たちだろう。数が足りないと言われていた通りオメガの甘い匂いは少なく、圧倒的にアルファの匂いばかりだった。オメガとおぼしき男女はアルファたちに取り囲まれており、チュウヤには目もくれない。オメガの友だちが作れる雰囲気ではなさそうだ、とチュウヤは落胆した。
店に入り、見よう見まねで乾杯する。予想通り、チュウヤはほとんど誰にも話しかけられることはなかった。会話に参加できていないのを気遣われたのか、酒ばかり勧められる。注いでもらった酒を、チュウヤは礼儀正しい微笑みを浮かべてしずかに飲み干した。慣れない酒はすぐにチュウヤをぼうっとさせた。あれ、ぼくってお酒、強かったっけ。こんなに呑んで大丈夫だったっけ。
「あれ、木下さん潰れてる?」
深い水の底に沈んだまま、上空の音を聞いているように声が遠い。
「おーい。ダメだ、起きない」
「おかしいな、そんなに呑ませてないのに。おい、誰か木下さんち知ってるか?」
「知らない」
「……えっ、まずくない?」
チュウヤの意識はそこで水底に沈み切った。

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