愛しの距離ナシ君(全年齢版)11
11 ハッピーバースデー団藤
いつも杉沢に料理を作ってもらうのはさすがに悪い。が、俺が作れるレパートリーは限られている。
今夜は納豆丼である。
ネギは切れたり切れていなかったりするし、白米はどんぶりの縁にへばりついている。モダンな室内に馴染まない貧乏くささだ。
杉沢は特に気にせずおいしそうに食べてくれている。
味噌汁を飲んで口をきれいにしてから、杉沢は切り出す。
「来週さー、みんなで焼肉行くんだ。駿の誕生日にかこつけて肉食おうぜ的な。よーくんも来るでしょ」
俺は箸を宙に持ち上げたまま固まった。
箸からこぼれた納豆の粒が糸を引いて、どんぶりに戻っていく。
どうしよう。
俺は団藤に嫌われている。
俺が行ったら迷惑に決まっている。
だがなぜ嫌われているか突っ込んで訊かれたら、俺は何も答えられない。
団藤が俺にやきもちを妬いているから、などと言ったら俺の明日はないのである。
「え、えっと……俺、そういう集まり苦手だし」
これは本当だ。
「九日の六時。予定は?」
平日である以上、俺に予定があるわけがない。バイト以外の予定が俺にあったためしがない。
「ない、けど、でも」
「お金ないの? 俺こっそり払ってもいいよ」
「いや、家賃なくなったし」
今までになくリッチである。
杉沢はふいに真剣な顔になって俺の目を覗く。
「駿のこと、嫌い?」
「そんなんじゃ……」
特に好きというわけでもないが。
「なら、来るよね?」
「えっ」
「よし。よーくんは来る、と」
杉沢がスマートフォンを取り上げたので俺は慌てた。
「待って決めんな」
「え、行かないの? 寂しい」
「俺なんて行ったって、団藤喜ばないから」
「だってさー誕生日だよ? ひとりでもたくさん来た方が楽しいじゃん」
俺は言葉に詰まった。
人見知りすぎて常に人だかりを避けてきた俺に、そういう考えは思いもつかなかった。
たとえ俺であっても枯れ木程度の賑やかしにはなるのだろうか。
団藤にとって俺の価値は枯れ木レベルにも達していない気もするが、しかし。
俺が迷っているのを見て、杉沢はにっと笑った。
勝利を確信した顔だ。
「どうする?」
「行く……」
「よし」
「お前強引すぎんだよ……」
「今更でしょー」
たしかに。
俺と杉沢は友人Cぐらいの奴とともに待ち合わせ場所についた。
いつものメンツが大体そろったころ、団藤がやってくる。
団藤は知らない男をふたり連れている。
「今日は悪いな、こいつらまで一緒で。肉がどうしても食いたいっていうから」
「ちはー」
団藤をコピーアンドペーストして少し縮小をかけたような、もっといたずらっぽい感じのやつが照れくさそうに挨拶してくる。
「どうも……」
その隣にいる方は団藤に似ていない。少年と呼びたくなるような童顔の顔立ちをしている。
しばらくすると、彼らは団藤の弟と、その友人だということがわかった。
「まあ君たちも、受験勉強の息抜きは必要だもんねー。田中君はうちの大学狙いなんだっけ」
「はい。頑張ります」
田中と呼ばれた童顔は神妙に頷いた。
「うちの大学程度のレベルでがんばらなきゃならねえんじゃ心配だな」
「そうそう。うちなんか滑り止めぐらいの気持ちでちょうどだから」
友人ABが軽口を叩く。
「こら、茶化してやるな。ごめんな悪い先輩たちで」
「いえ」
団藤にフォローされ、田中の耳がさっと赤くなった。
あたりが暗かったから、見間違いだったかもしれないが。
煙の立ち込める店内に入る。
注文を終え、めいめいにドリンクがわたり、目立ちたがり屋の友人Aが音頭をとって乾杯の儀を行う。
各自が肉を焼き始める。
俺は無事、この段階まで空気でいられた。
あとは他人に迷惑をかけないよう気を付けつつ、黙々と肉を食い、自分の勘定を払って退散する。段取りは完璧だ。
杉沢とは意識的に席を離した。
よりにもよって誕生日に、好きな人が他人にひっついている姿を団藤に見せるわけにはいかない。
俺の隣は田中君である。
田中君も口数が少ない方で助かった。俺が目立たなくなる。
何より構ってこないのがありがたい。
じゅう、と油が網の上ではぜる。俺の肉が色よく焼けていく。
焼肉屋に来たのは小学校の時以来だ。
中学時代は家庭が揉めていて、外食どころではなかった。
高校時代は比較的穏やかだったものの、友達がいなかったため、やはりこういう場所とは縁がないままだった。
感慨深く、俺は肉を食った。
(うまい)
杉沢や団藤とめぐり合わなければ、こうして焼肉を食う機会も、もう数年はなかったかもしれない。
「よーくんちゃんと食べてる? 田中君も、遠慮してると損するよ」
杉沢は向こうのテーブルから、ときおり声をかけてくる。
そのたび俺はこっそりと団藤の方を伺ったが、団藤は特にこちらを気にしていないようだった。
俺はほっとした。
俺もようやくリラックスしてきて、杉沢と団藤以外に気が向くようになった。
友人Aが大きな声で話しているのが聞こえてくる。
「でさ、この前こいつ弁当持ってきたんだけどさ。中覗いてあわてて蓋閉めるのよ。なんだろうと思って中覗いたら」
「おいやめろって」
「ウインナーが全部タコさん。でさ、お弁当の何、間仕切り? よく寿司桶に入ってるビニールみたいなやつ。あれがくまちゃん」
通称たつのりちゃんがまたからかわれている。
「ば、ばーちゃんが作ったやつだから俺にはどうしようもねえんだよ!」
「ばーちゃん」
「いいばーちゃんだ」
「そうだよ!」
たつのりちゃんがやけくそになっている。
たつのりちゃん含め、みんなが笑っている。
俺もつられて少し笑う。
杉沢はソフトドリンクで喉を湿らすと、団藤にもたれかかるようにして、テーブルの向こうの話に身を乗り出す。
杉沢がふざけて密着するのは、今夜は俺ではなくて団藤だ。
これでいい。これで正しい。
……寂しくなんてない。やきもちなんて妬いてない。たぶん。
ふと隣を見ると田中君もじっと同じ光景を見つめている。
「悪いけど、こいつら受験生だし、送らなきゃなんねえから。行きたいやつは気にしないで行って」
店を出ると、団藤は済まなさそうに言った。
このあとカラオケに行く案があったようだ。
「どうする?」
「まあ今日はこれで解散でよくね?主役がいないんじゃさ」
友人AB以下が話し合った結果、これでお開きとなった。
「じゃあね」
杉沢はひらひらと手を振る。
「おう」
「失礼します」
手を挙げた団藤の隣で、田中君はぺこりと頭を下げた。
団藤と団藤の弟、田中君を乗せた軽ワゴン車が走り去っていく。
「どしたん」
杉沢は立ち止まって、俺の顔を覗き込んだ。
自覚はなかったが、しばらくぼんやりとしていたようだ。
「え、いや……」
なんでぼうっとしていたんだろう。
俺は考える。
団藤が最後まで幸せそうでほっとしたから? それとも団藤に嫉妬していたから?
「肉食いたくて来たわりに、田中君だっけ。少食だったなって……」
いちばん無難そうな理由を選んで、俺は口に出した。
「あ、よーくんも気づいた? たぶんねー、あの子駿のことが好きだよ。肉はただの口実。駿全然気づいてねえけど」
俺はぎょっとした。
杉沢のまわり、男が好きな男が多すぎないか。俺を含めてだが。
「よーくんが思ってるより、そういうの、普通だよ?」
杉沢は見透かしたように言って微笑む。
杉沢の後ろでネオンが光っている。
「行こっか」
杉沢はほかの連中の後を追って、ゆっくりと地下鉄の駅に潜っていく。
俺も階段を下りた。
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